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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4794号 判決 1991年9月26日

控訴人

株式会社現代キャラク

右代表者代表取締役

大久保昭

右訴訟代理人弁護士

斎藤鳩彦

被控訴人

新田恵利

國生さゆり

渡辺満里奈

渡辺美奈代

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

久保利英明

渡辺肇

龍村全

山岸良太

主文

原判決を取り消す。

控訴人は、原判決別紙目録記載の商品の販売をしてはならない。

控訴人は、その所有する原判決別紙目録記載の商品を廃棄せよ。

控訴人は被控訴人ら各自に対して金一〇万円及びこれに対する昭和六一年一〇月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの、各負担とする。

この判決は被控訴人ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。但し、控訴人において被控訴人ら各自に対して各金一〇万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(第一審被告)

「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審共、被控訴人らの負担とする。」との判決

二  被控訴人(第一審原告)ら

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次に訂正、付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであり(なお、不正競争防止法に基づく請求は、すべて取り下げられた。)、証拠の提出及び認否は原審及び当審における証拠目録記載のとおりであるから、これらをここに援用する。

二  訂正

原判決二一頁末行「補足」とあるのを「補捉」と訂正する。

三  控訴人の主張

1  原判決別紙目録記載の商品(以下「控訴人商品」という。)の販売行為の差止請求権及び廃棄請求権(以下「差止請求権等」ともいう。)について

(一) 原判決は、被控訴人の差止請求及び廃棄請求(以下「差止請求等」という。)が、芸能人の実演という文化的創造性に準ずる活動の保護及び実演の利用についての公正で自由な経済競争の保護という、特別な社会経済的利害関係を直接規律する働きをもつことを認めず、かかる特別の法域を規律する著作権法及び私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)の基礎にある諸法益及び救済方法についての基本的法理を全く顧慮することなく、被控訴人らの差止請求権等を肯定したものである。すなわち、本件における被控訴人らの氏名・肖像の使用差止請求等は後記損害賠償の請求とともに、芸能人の氏名・肖像が帯びる経済的利用価値の物権的な帰属と、それに基づく一定の取引分野における経済的な利益の独占的な支配を求めるものであり、いわば芸能人の氏名・肖像について、著作権に類似する無体財産権の付与を求めることに等しいのである。被控訴人らの人格権ないし人格的利益の主張も、あくまで、財産権としての氏名・肖像利用権の諸効果の承認を求めるため、すなわち、芸能人の氏名・肖像が帯びる経済的利用価値を支配するためであって、本来的な人格的利益の保護及び実現のためではない。

したがって、かかる特質を有する本件においては、第一に考慮されなければならないのは、芸能人、すなわち、被控訴人らの側における氏名・肖像の排他的、独占的利用権の保障を認めるために必要な「社会、公益的な観点」は何かということでなければならないのであり、かかる観点から権利付与の特別の相当性が肯定されて始めて、氏名・肖像の使用者側における使用目的の当否等が問われなければならないのに、原判決は、前者の観点から、差止請求等を肯認する前提である芸能人の氏名・肖像の排他的、独占的利用による経済的利用価値の支配を認めるために必要な特別法上の諸法益の考慮の問題を検討しないまま右経済的利用価値の支配を肯定し、その後に、使用者側、すなわち控訴人の側における使用の社会的、公益性を問うという誤りを犯しているものである。原判決が、被控訴人らに氏名・肖像についての差止請求権等を肯定した判断過程には、以上のような差止請求権等の付与の前提として考慮しなければならない特別法の諸法益を全く考慮していないという論理的誤謬を犯すものであるから、原判決が法令の解釈適用を誤ったことは明らかというべきである。以下、考慮すべき特別法の諸法益等につき、まず著作権法について述べ、後に項を改めて独占禁止法について詳述する。

著作権法の観点からみた芸能人の氏名・肖像の利用行為の法的保護の在り方についてみると、本件肖像のようにカレンダーに表示された実演肖像は、文化的活動そのものの瞬間を示すので、微少ではあるが経済的利益の「もと」としての文化的活動があるが、氏名及び実演肖像以外の肖像にはかかる契機はないから、実演財産権的な保護を与える余地はなく、したがって、特別法的な実演財産権及び実演人格権と同等の保護はその前提を欠くものであり、特別法上の保護を受ける余地はない。次に、実演肖像の購買意欲刺激剤としての利用の側面についてみると、かかる利用行為は、著作権法が文化的創造物の実演家に対して、実演に関する一定の排他的な利用権を保障することを通じて文化の進歩、発達と実演家の生活の安定を図るという本来の趣旨からすると、実演行為の非本来的、似而非的利用であり、著作隣接権にとっての究極的な保護法益を害するものでさえあるから、かかる行為に著作隣接権の一種としての実演財産権による保護ないしはこれと同等の保護を付与する理由はない。

また、著作権法は、実演家の録音、録画については実演財産権を付与しているが、実演家人格権は付与していないところ、本件は、実演財産権すら付与されていない実演写真である肖像が問題となっている上、被控訴人らの氏名・肖像の利用行為は非本来的、似而非的な日用品の購買意欲の刺激にすぎないのであるから、実演家人格権の保護を求めることはいやがうえにもできないところである。

(二) 原判決は、人格的利益の保護として差止請求権等を肯定しているが、以下のように誤っている。すなわち、被控訴人らのような芸能人の場合、氏名・肖像のもつ人格的利益のうち、他人の介入、処分を嫌う「私事性」はないか、極めて希薄である。そして、本件における実質的狙いは、かかる意味での私事性ではなく、氏名・肖像の利用に付着する経済的利益の物権的な排他性をもつ支配権能の取得以外の何物でもない。原判決のように、人格権の排他性を、かかる経済的利益に対する排他的支配の実現の手段として用いるとすれば、人格権に物権的排他性が認められる理由の本質に反し、権利の乱用にわたるものであるから、許されるものではない。

(三) 民法の一般原理の適用として、本件氏名・肖像に人格的利益を認め、差止請求権等を肯定した原判決は、民法の一般原理の適用としても、誤っている。すなわち、最高裁判所は、不法行為に基づく差止請求権を、物権性の認められる名誉権だけに肯定するに止め、それ以外の本件被侵害利益にまで広げてはいない。したがって、本件氏名・肖像の人格的利益に物権的排他性をもつ差止請求権等を認めた原判決は、民法の一般原理の適用自体においても判例に反する違法を犯しているものである。

2  損害賠償請求権について

原判決は、被控訴人らの氏名・肖像は、それ自体が経済的な利益を生じさせる財産的な価値を含むとし、右価値は、被控訴人らの固有の属性に含まれるものであるから被控訴人ら各自に帰属するとして、右財産的価値を無断で使用する行為は不法行為を構成するとする。

(一) しかし、右財産的価値に不法行為上の保護を与えることは、不法行為の名において、氏名・肖像の顧客吸引力という無体物の上に特別の財産権を承認すること、すなわち、一種の無体財産権を新設することにほかならず、かかることは無体財産権諸法及び独占禁止法が許容するものではない。原判決が不法行為とする「氏名・肖像の使用」は、氏名・肖像の有する顧客吸引力の利用行為以外の何者でもなく、右顧客吸引力とは、無体的な経済的価値であり、かかる経済的価値は、特別の排他的使用権を与えられなければ財産的な権利とはいえない。また、右顧客吸引力は、氏名・肖像を商品の販売促進のために利用することによってはじめて経済的価値となるが、第三者の利用によって生ずる経済的価値までも、どうして被控訴人らに帰属するのかその根拠が不明である。さらに、かかる利用行為を違法とする契機は本人に対する「無断」の点以外ないが、「無断」が違法性を帯びるのは、本人が当該第三者に対して承諾を求める権利を有している場合に外ならないが、被控訴人らがかかる権利を有していることは何ら論証されていない。

(二) 原判決は、前述したように、本件カレンダーの販売行為は、被控訴人らの人格的利益を侵害するとする。しかし、被控訴人らの場合は、無断使用による不快感は基本的にはないか、仮にあるとしてもその不快感は、使用料請求権があれば得られるはずの経済的利益が奪われる感じにすぎないのであって、人格的利益の侵害に関するものではない。その上、被控訴人らには右使用料請求権も存在しないのであるから、結局、後者の不快感も存在しないのである。したがって、原判決が被控訴人らの人格的利益の侵害を認めたのは、事実の誤認であり、誤っている。

3  独占禁止法上の問題について

原判決は、被控訴人らは、独占禁止法二条一項にいう事業者に該当しないとして、控訴人の主張を排斥したが、右解釈は独占禁止法の解釈適用を誤っている。すなわち、被控訴人らは、訴外株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)から氏名・肖像の使用許諾料等を取得して利益を得る者であるから、独占禁止法の前記条項の事業者に該当し、かつ、自己の氏名・肖像のカレンダーへの排他的独占的使用許諾権の行使によって、必然的に、フジテレビ以外の事業者の当該カレンダーの製造販売活動を排除し、右会社をして当該カレンダーの取引分野における競争を実質的に制限する事業活動を行わしめている者である。そして、本件における氏名・肖像の排他的利用行為は、日用商品の購買意欲刺激力、すなわち販売促進力の利用という非本来的利用行為であり、独占禁止法二三条の適用除外を受けることができないのであるから、本件氏名・肖像の排他的利用行為は独占禁止法三条前段に違反し、違法である。したがって、かかる独占禁止法違反行為を構成する氏名・肖像の非本来的利用行為は、排他的権利性はもとより不法行為法上の保護法益ともなり得ないものというべきである。

4  クリーンハンドの法理違反について

(一) 本訴請求は、クリーンハンドの法理によって、許されない。すなわち、被控訴人らとフジテレビとの氏名・肖像使用許諾契約は、同社が公共の利益に反して、本件カレンダーの製造販売の事業分野における競争を実質的に制限して、独占禁止法三条前段の私的独占に該当する行為の共謀又は幇助に当たる行為であるところ、被控訴人らは右独占禁止法違反行為に加功し、その事業による利益を利得する事業をしている者であるから、右共謀、幇助によって排除を受けている控訴人の同種の実演写真等の使用に対する本件差止請求等は、違法行為の共謀、幇助者に、その違法行為の法律効果を認めるに等しい結果となって、クリーン・ハンドの原則に反するから、許されない。

(二) 被控訴人らは、フジテレビからその氏名・肖像の使用許諾契約により本件カレンダーの売上げの一パーセントを取得していたに過ぎず、所属プロダクションによりパブリシティーの価値を奪取されているのである。被控訴人らが、自らの右権利を正当に確保したいのであるならば、むしろ所属プロダクションに対してパブリシティーの権利の奪取の差止めを求めるべきであり、これを黙認しながら控訴人に対してのみ、人格的利益の物権的排他性を主張するのは、クリーンハンドの原則に反し許されない。

(三) 本訴請求は、被控訴人らの氏名・肖像に伴う「私事性」ではなく、人格的利益に名を借りた経済的利益に対する物権的な排他性ある支配権能の獲得以外の何物でもない。したがって、人格権としての排他性を根拠とする差止請求権等を、人格的利益と無関係な経済的利益の確保のために認めることは、権利の乱用であり、クリーンハンドの法理に反する。

理由

一被控訴人らが、フジテレビが昭和六〇年四月一日から放映したテレビ番組「夕やけニャンニャン」の中での募集に応じたいわゆるテレビタレントであり、「おニャン子クラブ」と命名されたタレント集団に属し、同番組に出演することを通じて、その氏名・肖像が全国的に広く知られるに至った事実は当事者間に争いがない。控訴人が、控訴人商品、すなわち、被控訴人らの氏名及び肖像写真が表示してあるカレンダーを販売した事実及びその態様等に関する認定は、原判決記載のとおりであるから、同判決二四頁一行目から同二五頁一〇行目までをここに引用し、その末尾に「しかし、控訴人が将来も控訴人商品を製造するおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。」を加える。

二控訴人商品の販売行為の差止請求権等について

原判決二五頁末行から二七頁末行までを次のとおり改める。

前記一の事実によれば、被控訴人らはいわゆる芸能人であり、その芸能人としての評価は、自己の出演、所属プロダクションやマスメディアを通じての宣伝活動等により、広く全国にその氏名・肖像が知られ、大衆の人気を博することによって高められるのであり、被控訴人らも、このように自己の氏名・肖像が知られることにより評価が高められることを望んでいるものと推認して差支えない。そして、かように氏名・肖像を利用して自己の存在を広く大衆に訴えることを望むいわゆる芸能人にとって、私事性を中核とする人格的利益の享受の面においては、一般私人とは異なる制約を受けざるを得ない。すなわち、これを芸能人の氏名・肖像の使用行為についてみると、当該芸能人の社会的評価の低下をもたらすような使用行為はともかくとして、社会的に許容される方法、態様等による使用行為については、当該芸能人の周知性を高めるものではあっても、その人格的利益を毀損するものとは解し難いところである。

反面、固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した芸能人の氏名・肖像を商品に付した場合には、当該商品の販売促進に効果をもたらすことがあることは、公知のところである。そして、芸能人の氏名・肖像がもつかかる顧客吸引力は、当該芸能人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価値として把握することが可能であるから、これが当該芸能人に固有のものとして帰属することは当然のことというべきであり、当該芸能人は、かかる顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有するものと認めるのが相当である。したがって、右権利に基づきその侵害行為に対しては差止め及び侵害の防止を実効あらしめるために侵害物件の廃棄を求めることができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記のように、控訴人は被控訴人らの氏名・肖像が表記されたカレンダーを、被控訴人らに無断で販売し、将来も無断のまま販売するおそれがあるというところ、控訴人商品の一部であることが認められる検甲第一ないし同五号証によれば、右カレンダーは、年月日の記載以外は殆ど被控訴人らの氏名・肖像で占められており、他にこれといった特徴も有していないことが認められることからすると、その顧客吸引力は専ら被控訴人らの氏名・肖像のもつ顧客吸引力に依存しているものと解するのが相当である。そうすると、被控訴人らは、控訴人の控訴人商品の販売行為に対し、前記の財産的権利に基づき、差止請求権を、また、侵害物件である控訴人商品については差止めを実効あらしめる必要上廃棄請求権を、それぞれ有するものと解すべきである。

控訴人は、芸能人の氏名・肖像に差止請求権等を肯定するに当たっては著作権法及び独占禁止法等が規律する特別の法領域の基本的法理に対する考慮が不可欠であるところ、これを著作権法の観点からみると、右差止請求権等を肯定することは、著作隣接権にとっての究極的な保護法益を害するものでさえある実演行為の非本来的、似而非的利用行為に、著作権に類似する無体財産権を付与するに等しいと主張する(控訴人の主張1(一))。

もとより、法解釈において関連する法領域の法理に考慮を払うべきことはいうまでもないところであるが、著作権法によって認められているいわゆる無体財産権は、同法によって認められた格別の法的効力を有するものであるところ、芸能人が有する顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を支配する財産権に差止請求権を肯定したからといって、右差止請求権等は著作権法上の権利とは関わりなく認められる性質のもので、これをもって無体財産権を創設したに等しいとはいえない。のみならず、著作権法をみてもかかる財産権の承認を妨げる法的根拠を見出すことはできないし、両者はその成立の基礎を異にするものというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

なお、独占禁止法との関係は後述するとおりであり、また、控訴人の主張1(二)、(三)は、いずれも人格権ないし人格的利益に基づく差止請求権等に対する主張であるから、判断の要をみないものである。

そうすると、被控訴人らの氏名・肖像利用権に基づく控訴人商品の販売差止め及びその廃棄を求める請求は、理由があるが、その製造行為の差止めを求める部分は理由がない。

なお、原判決は、被控訴人らの人格権に基づく差止請求等を認容している。しかし、前記のように被控訴人ら芸能人にあっては、その社会的評価の低下をもたらすような氏名・肖像の使用をされない限り、その人格的利益の毀損は発生しないものと解すべきところ、後記三、2に説示するように控訴人による被控訴人らの氏名・肖像の使用はいまだ人格的利益の毀損の域にまでは達していないものというべきであるから、原審が被控訴人らの人格権に基づく差止請求等を認容した点は失当といわざるを得ない(したがって、いずれも人格権ないし人格的利益に基づく差止請求権に関する控訴人の主張1(二)、(三)は判断の要はなく、また、独占禁止法との関係は後に判断する。)。

三損害賠償請求権について

1  氏名・肖像利用権侵害に基づく損害賠償請求について

原判決二八頁一行目から三二頁一行目までは当裁判所の認定判断と同じであるからこれを引用し、原判決三二頁二行目の「以上の事実が認められる。」から三三頁六行目の「認められる。」までを次のとおり改める。

(4)フジテレビが前記のように被控訴人らの氏名・肖像を表示したカレンダーの製造販売につき他の業者に対して許諾せず、自ら製造して販売することにしたのは、被控訴人らが、フジテレビ自身が企画放映していた「夕やけニャンニャン」と題する番組を通じて一般人から応募して採用されたという経緯を踏まえ、その育成を図るという観点から採られた方針であった、そして、(5)フジテレビが、かかる経緯がなく、カレンダーについても前記各商品と同様に他の業者に製造販売を許諾した場合には前記(1)に認定した算式による許諾契約が締結されることとなり、この場合の被控訴人ら「おニャン子クラブ」構成員各自の受け取るべき使用料は、前記算式に基づき許諾を受けた業者から支払われる使用料金額から一〇パーセントを経費分として控除した残額の六割を被控訴人ら所属のプロダクションと被控訴人らで一対五の割合で按分した後、被控訴人らが所属していた「おニャン子クラブ」の構成員の頭数で除した額となること、(6)フジテレビが前記カレンダーを製造販売した当時におけるカレンダー一部の価格は一二〇〇円、最低責任数量は五万部であり、当時の構成員は一八人であったことが認められるから、これを前記算式で計算すると被控訴人ら一人当たりの受け取るべき使用料の額は一五万円となること、以上の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、カレンダーに氏名・肖像を使用させる場合、被控訴人らはフジテレビとの関係においては前記認定のような特別な経緯から通常と異なる算定方法により使用料を受け取っていたが、かかる特別の事情のない業者にカレンダーへの氏名・肖像の使用を許諾する場合の使用料は、前述したような通常の算定方法によるのが相当というべきであるから、これによれば、被控訴人らはそれぞれ控訴人に対し、使用料対価相当の損害賠償金として各自一五万円及び不法行為後の日である昭和六一年一〇月八日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものというべきである。

控訴人は、かかる財産的価値に不法行為上の保護を与えることは、不法行為の名において、氏名・肖像の顧客吸引力という無体物の上に特別の財産権を承認すること、すなわち、一種の無体財産権を新設することにほかならないから許されないなどと主張するが、かかる主張が失当であることは、既に差止請求権等に関する判断において説示したところに照らして明らかである。

2  人格的利益の侵害に基づく損害について

原判決三四頁一行目から同頁六行目までを次のとおり改める。

原判決は、控訴人による氏名・肖像の無断使用により人格的利益の侵害を受けたとする損害賠償請求を認容するので、この点について判断するに、前掲検甲第一ないし第五号証及び原審における控訴人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人の販売に係るカレンダーには、被控訴人らの実演肖像写真が表示されていることが認められるが、その表示態様は、格別、被控訴人らの人格を毀損するおそれがあるものとは認められない。そして、前記当事者間に争いがない事実によれば、被控訴人らは、昭和六一年当時、人気タレント集団である「おニャン子クラブ」の構成員であったことからすると、前記のような態様の氏名・肖像の表示それ自体によって人格的利益の侵害を受けたものとは認めがたく、本件証拠を精査してもかかる利益の侵害を受けたことを窺わせる証拠はない。かえって、被控訴人らは、前記のようにその氏名・肖像の使用許諾を専らフジテレビに一任していたことに如実に現れているように、前記のような態様の使用については、経済的利益の確保以外については格別の考慮を払っていなかったことが窺われることからすると、かかる態様による無断使用による被侵害利益の実質は経済的利益の侵害であり、特段の事情がない限り、右経済的被害が填補されれば、損害は回復されたものと解するのが相当である。

そうすると、被控訴人らの人格的利益の侵害の事実が認められないことに帰するから、この点に関する被控訴人らの請求を認容した原判決は失当である。この点を指摘する控訴人の主張は正当というべきである。

四独占禁止法違反の主張について

原判決三四頁七行目から三五頁二行目までを次のとおり改める。

控訴人は、被控訴人らの自己の氏名・肖像のカレンダーへの排他的独占的使用許諾権の行使は、必然的に、フジテレビ以外の事業者の当該カレンダーの製造販売活動を排除し、右会社をして当該カレンダーの取引分野における競争を実質的に制限する事業活動を行わしめているから、独占禁止法三条前段に違反すると主張する。

そこで右主張について検討するに、被控訴人らが独占禁止法二条一項所定の事業者に該当するとしても、同法三条前段の私的独占の禁止に違反するというためには、被控訴人らの前記使用許諾行為が「他の事業者の事業活動を排除し、又は支配する」(同法二条五項)ことを要するので、この点を検討してみるに、<証拠>によれば、フジテレビは被控訴人らからの委託に基づき、同人らの氏名・肖像等の使用許諾業務を独占して行っている事実が認められるところであるが、かかる独占的使用許諾委託契約は、被控訴人らが財産権の主体として当然に有する使用許諾権の行使をフジテレビに委ねたというにすぎず、かかる行為があったからといって、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配するものでないことはいうまでもないところである。したがって、控訴人の前記主張は、独自の見解であり、その余の点について判断するまでもなく、採用できない。

五クリーンハンドの法理違反の主張について

原判決三五頁三行目以下に改行して、次のとおり付加する。

控訴人は、被控訴人らの氏名・肖像使用許諾契約は、独占禁止法三条前段の私的独占に該当する行為の共謀又は幇助に当たる行為であるとし、被控訴人らは右違反行為に加功し、その事業による利益を利得する事業をしている者であるから、右共謀、幇助によって排除を受けている控訴人の同種の実演写真等の使用に対する本件差止請求は、違法行為の共謀、幇助者に、その違法行為の法律効果を認めるに等しい結果となって、クリーン・ハンドの原則に反すると主張する。

しかし、被控訴人らの氏名・肖像使用許諾契約が独占禁止法三条前段に該当しないことは前項に述べたとおりであるから、右主張は既に前提において誤っており、失当である。

また、控訴人は、被控訴人らは、所属プロダクションによりパブリシティーの価値を奪取されているのであるから、所属プロダクションに対してパブリシティーの権利の奪取の差止めを求めるべきであり、これを黙認しながら控訴人に対してのみ、人格的利益の物権的排他性を主張するのは、クリーンハンドの原則に反し許されないと主張する。

しかし、被控訴人らと所属プロダクションとの関係はともかくとして、そもそも控訴人は、被控訴人らの固有する財産的権利を同人らに無断、かつ、無償で自己の営利目的に供し、利益を得ていたものであり、しかも、右行為は正当であるとの主張を維持していることはその主張自体から明らかであるから、かかる行為に対する被控訴人らの本訴請求がクリーンハンドの原則に反し許されないとは到底解されず、右主張は採用の限りではない。

さらに、控訴人は、人格権としての排他性を根拠とする差止請求権等を、人格的利益と無関係な経済的利益の確保のために認めることは、権利の乱用であり、クリーンハンドの法理に反するとも主張するが、前記説示のとおり、人格権に基づく差止請求権等を肯定したものではないから、右主張は前提において失当である。

六以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、選択請求のうち氏名・肖像利用権に基づくものとして認容すべきところ、他の選択請求である人格権に基づくものとして被控訴人の請求を認容した原判決は失当として取消しを免れない。

よって、民事訴訟法三八六条により、原判決を取り消し、選択請求のうち氏名・肖像利用権に基づく控訴人商品の販売の差止め及び控訴人の所有する控訴人商品の廃棄並びに損害賠償のうち各一〇万円(被控訴人ら各自の請求し得る損害賠償額は前記のとおり一五万円であるが、原判決の人格権侵害に基づく認容額一〇万円の限度で認容する。)及びこれに対する不法行為後の日であることが明らかな昭和六一年一〇月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言及びその免脱の宣言について同法一九六条一項、三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 舟橋定之は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 松野嘉貞)

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